「知り合いの知り合い」の話題に潜むもの

「知り合いの知り合いが有名人なんだよ!」
そんな話を聞くと、どこか楽しい気持ちになったりしませんか?
まるで自分までその有名人に近づいたような、不思議なワクワク感。

それは、私たちが持つ“つながり”への関心をくすぐるからかもしれません。
でも、楽しくない気持ちも持ったこともあるでしょ?
今日はそんな話。

実際に「スモールワールド現象」という言葉があります。
社会学者スタンレー・ミルグラムの実験で生まれたこの概念は、世界中の誰もが平均 6人ほどの“知り合いの知り合い”でつながっている可能性を示しているんです(Milgram, 1967)。
つまり、世界は思ったよりずっと狭い
この考え方に触れると、人とのつながりにちょっとした面白みを感じたりしませんか?

ちょっとした誇りと、ちょっとした滑稽さ

ただ、この「知り合いの知り合い」の話題が、時に滑稽に見えることもある。

「オレの友達の会社の社長があの有名人と知り合いでさ~」
──そんな話を聞かされると、つい「それで?」と心の中でツッコミたくなることもありますよね。

実は、こういう話には話している人の人間性が見え隠れします。
「自分がすごいと思われたい」という自己顕示欲がにじむことも少なくありません。

心理学では「自己呈示(self-presentation)」という概念があります。
アーヴィング・ゴッフマン(1959)が提唱したこの理論では、人は他者に印象を与えようとする行動を無意識に行うと言われています。
つまり、つながりを話題にすることで「私ってすごいでしょ」と見せたい気持ちが、自然とにじみ出てきちゃうんですね。

それが強すぎると、相手にとっては、
「その話、結局あなた自身の話ではないよね?」と距離を感じさせる。

つながりの話題が「単なるマウンティング」に聞こえてしまうとき、人はその話に共感を持ちにくくなります

「つながり話」が生む微妙な空気感

私にも経験があります。
初めての研修先で自己紹介する時、よく話しているネタなのですが、
「私の従姉妹の嫁入り先の本家の畑は、大谷翔平さんのおじいちゃんの家の隣なんですよ」
ちなみに、これ実話です。
今、へぇ〜って思ったり、私の見えない自己顕示欲を感じちゃっいました?

そういった場面でも「そうなんだー!」と笑いが起きたりもしますが、話す相手や場の空気感によっては「ん?だから?」と冷めた反応をされることもあります。

それはやっぱり、「大谷翔平さんに実際に会ったわけでもないし、私自身の話でもない」と受け止められるからですよね。
まぁ実際、その本家に行ったことないんですけど ^^;

つながり自慢って、どこかで“自分の話”ではなく“誰かの話”を借りている感じがするのかもしれませんね。

「つながり」の社会心理を探るヒント

この繋がりに関しては社会学の本が多いですよね。
上の段落で、「無意識に他者への印象を与えようとしする」といったアーヴィング・ゴッフマンも社会学者です。

このテーマに関心がある人におすすめの本を一冊出すと出すとしたら、
社会心理学者の山岸俊男さんの『安心社会から信頼社会へ』(中央公論新社, 1999)です。
この本では、日本社会における「つながり」の意味と、それが生む安心感や逆に不自由さについて深く考察されています。
つながりを語るときの「安心」から「信頼」への微妙なバランスが見えてくる一冊ですよ。

ちょっと古い本ですが、「安心から信頼へ」今だからこそ!と言える良本です。

つながりは、単なる話題のきっかけ

結局、「知り合いの知り合いが有名人だ」という話は、話題としては面白いものです。
でもそれは、自分がその有名人に近いわけでも、特別な存在になったわけでもありません。
つながりは話題のきっかけに過ぎない。
それ以上でも以下でもない、というのが私の結論です。

だからといって、こういう話をするのがすべて悪いわけではないと思っています。
「へぇー、面白いね!」と盛り上がるきっかけになることもある。
逆に、あまりに“つながり自慢”が過ぎると「それってあなたの話じゃないよね」と白けさせることもある。
大事なのは、その話が自分にとっても相手にとっても楽しいかどうか。
そして、相手がどう受け取るかをほんの少し気にかけることなんだと思います。

「私にとって意味のあるつながり」とは

「知り合いの知り合いの話」って、どこかで「自分も世界に近い」と感じさせてくれる小さな面白さがあります。

でも同時に、その人の自分事としての話に偏ると、ちょっと空虚な響きになることも。

そんなときこそ、自分に問いかけてみればいいんです。
私にとって、意味のあるつながりってなんだろう?
仕事や友人、家族、どんな関係でも
──自分が心から「いいな」と思える関わりはどんなものなんだろう?

つながり自慢の話を聞いて「また始まった」と笑うのもいい。
でも、ほんの少し「私の大切なつながりってどんなだろう?」と立ち止まると、
自分の輪郭が見えてくる気がします。

話題としてのつながりは、ちょっとした盛り上がりや笑いを生む小道具みたいなもの。
だから、目の前の人が「知り合いの知り合いに…」って話し出したら、出たー!って楽しめばいい。

きっと、大切なのは「誰を知ってるか」ではなく、
「自分は目の前の人とどんなふうに関わりたいか」なんじゃないかな?
そんな問いを心に残しながら、つながりの話を楽しんでいけたらいいですね。

この記事を書いたのは

植竹 美保
団子の焼ける公認心理師
こころ整備士(認定専門公認心理師)の植竹美保です。
たまに団子屋になりながら、支援者支援をメインに活動しています。

もう疲れた、先に進めない、進みたくない。
そんな風に思ったら、私と一緒にこころを整備してみませんか?
少しでも皆さんの心持ちが軽くなるようなお手伝いができればと思っています。
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