「相談してもスッキリしない」の正体

なぜ「アドバイス」をもらっても心は晴れないのか

友人や同僚に悩みを相談して、的確なアドバイスをもらったはずなのに、帰り道でなんだか余計にモヤモヤしてしまった。

そんな経験はありませんか?

相手は親身になってくれたし、言っていることも正しい。
「こうすればいいんじゃない?」という解決策は、確かに合理的。
でも、心は置き去りにされたような、自分の本当の気持ちがどこかへ追いやられたような、奇妙な寂しさが残ることがあります。

この「モヤモヤ」の正体は、アドバイスの質の問題ではなく、実は「語りの主導権」にあります。

私たちが悩んでいるとき、実は心の奥底では「解決」を求めている以上に、「自分の物語を、納得いく形で語り直したい」と願っています。

しかし、早い段階でアドバイスという「結論」を提示されてしまうと、そこで自分の物語を編む作業が強制終了してしまうのです。
これを専門的には「対話の閉鎖」と呼ぶこともあります。

私たちは「ひとり言」の迷宮に住んでいる

私たちの脳内では、起きている間じゅう、絶え間なく「ひとり言」が流れています。

「また同じミスをした」
「どうせ自分なんて」
「あの人は私のことをこう思っているに違いない」

心理学の世界では、これを自分の人生を縛る「ドミナント・ストーリー(支配的な物語)」と呼びます。

この物語の厄介なところは、一人で考えていると、どんどんページが「暗い方」へ固定されてしまうことです。

脳には「システム1(直感的思考)」という素早い思考モードがあり、過去の経験やバイアスに基づいて、瞬時に「自分はダメだ」という結論に飛びついてしまいます。
これが続くと、心の中は「行き止まりばかりの迷宮」のようになってしまいます。

この迷宮から抜け出すには、自分一人で地図を眺めるのをやめて、誰か別の人の目を入れてみる必要があります。

対話という「共同執筆」の魔法

そこで登場するのが「対話(ダイアローグ)」です。

対話は、単なる情報のやり取りやおしゃべりではありません。
一言で言えば、「二人で一冊の本を書き直すような作業(共同執筆)」です。

対話の場に自分の悩みを持ち出すと、相手からは予期せぬ反応が返ってきます。
それは解決策ではなく、「えっ、その時、空は何色だったんですか?」とか「その時、あなたの体はどんな感じがしていましたか?」といった、ちょっとした好奇心に基づいた問いかけです。

この「予測できない問い」が投げかけられた瞬間、あなたの脳内の「変換」のボタンが光ります。
そしてそのボタンを押すと、自分の中の「ひとり言」に新しい一行が加わわったりするのです。

「あ、そういえば、あの時は悲しかったけれど、同時に少しだけホッとしていたかもしれない」

そんな風に、自分一人では絶対に選ばなかった言葉が、対話の「あいだ」からふっと生まれてくる。

これが、対話によって物語が描き変わる瞬間です。
自分一人のインクでは書けなかった色が、相手という他者が介在することで混ざり合い、新しい色彩が生まれる。
このプロセスを「社会的構成主義」と呼び、私たちの現実は他者との関わりの中で作られていく、という考え方がベースにあります。

「分からない」という贅沢な時間

オープンダイアローグ(OD)という対話の実践において、最も大切にされる教えの一つに「不確実性への耐性」があります。
これは、危機的な状況にあっても、すぐに答えを出したり診断を下したりせず、「分からない」という状態のまま、そこにみんなで留まり続ける力のことです。

現代社会では「すぐに白黒つけること」が評価されますが、対話の世界ではその逆が豊かさになります。

「うーん、それってどういうことだろうね」
「まだ言葉にならないけれど、なんだかザワザワするね」

そんな風に、正解のない「宙ぶらりん」の状態を共有する。

解決!という焦りが必要ないからこそ、その「あいだ」にある空間から、その人にしかたどり着けない本当の納得感(オルタナティブ・ストーリー)が立ち上がってくるのです。

「多声性」がもたらす心の風通し

対話のもう一つの醍醐味は、「多声性(ポリフォニー)」にあります。

これは、一人の人間の中にも、あるいは集まった場の中にも、矛盾するたくさんの「声」があっていい、という考え方です。

「頑張りたい自分」もいれば、「もう全部投げ出したい自分」もいる。
「怒っている自分」もいれば、「申し訳ないと思っている自分」もいる。

一人で考えていると、これらの声はぶつかり合って葛藤を生みますが、対話の場では「どの声も、あっていいもの」として並べられます。

誰かがあなたの「弱音」を大切に聴いてくれたとき、その声はもはや「消し去るべき邪魔者」ではなく、あなたの人生を彩る大切な旋律の一部になります。
そうして自分の内側にある多様な声と仲直りしていくことで、心の風通しは劇的に良くなります。

社会の「せい」にしていいこともある

最後に、対話の中で私が大切にしている視点に「障害の社会モデル」があります。

「生きづらさ」を感じているとき、私たちはついつい「自分の性格が悪いから」「努力が足りないから」と、個人モデルのメガネで自分を責めてしまいます。

でも、対話を通じて視点を変えてみると、その困りごとの正体は、あなたの中にあるのではなく、あなたと社会の「あいだ」にある壁(社会的障壁)だったりすることに気づくことがあります。

「あなたがわがままなのではなく、今の制度が追いついていないだけかもしれない」
「あなたが無能なのではなく、その環境にその手段がないのが問題かもしれない」

対話は、こうした「当たり前だと思い込んでいた決めつけ」を解きほぐし、あなたを不当な自己責任から解放してくれる力を持っています。

おわりに:一緒に「新しい物語」を編みませんか

心の整備は、一人で小さな部屋にこもってやる作業ではありません。
誰かの温かな眼差しの中で、ゆっくりと言葉を紡ぎ、時に「分からないね」と笑い合いながら、少しずつ物語を書き換えていく。

YouI=EQUITYno仲間と始めた「IRORI会」という場所は、もっと日常に、みんなで火を囲むように、新しいインクで自分の人生を描き直すための共同アトリエのような場所でありたいと思っています。

日常に少しだけ「対話」という贅沢な時間を取り入れてみませんか。
答えは見つからなくても、きっと明日を生きるための「新しい物語の種」は見つかるはずです。

この記事を書いたのは

植竹 美保
団子の焼ける公認心理師
こころ整備士(認定専門公認心理師)の植竹美保です。
たまに団子屋になりながら、支援者支援をメインに活動しています。

もう疲れた、先に進めない、進みたくない。
そんな風に思ったら、私と一緒にこころを整備してみませんか?
少しでも皆さんの心持ちが軽くなるようなお手伝いができればと思っています。
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