ご挨拶&プロフィール

ホームページをご覧くださり、ありがとうございます。
「団子の焼ける公認心理師」植竹美保(うえたけ みほ)です。

私は20年間の障害者支援の現場経験を経て、公認心理師として活動しています。
現在は、支援者や地域の人たちと対話の場をつくったり、企業や施設で心理支援・研修を行ったり、個別のご相談を受けたりしています。
イベント限定ではありますが、本当に団子も焼いています。
直火でじっくり、くるくる回しながら。

でも、団子を焼いているときも、相談の場にいるときも。
どちらの時間でも、心の中で大事にしていることは同じです。

「ここに来てよかったな」
「なんか、会えてホッとしたな」
「ここにいてもいいんだ」

そんなふうに思ってもらえる場所でありたい。
それが、ずっと私の支えであり、原点になっています。

ミニチュアシュナウザーが愛犬です
美味しそうな焼き団子でしょ^^

背中を押されたあの日から

私の生まれは岩手県。
宮沢賢治と同じ、花巻の出身です。

雪が降るある夜のこと。
もうすぐ生まれてくるはずの私の心臓の音は、止まっていました。

医師は「もうダメですね。手術室が寒いので明日、お別れをしましょう」と母に伝えます。
でも母はその場で、こう言ったそうです。
「寒くてもいい、今すぐ出してあげて」

私はその言葉に背中を押されるように、命をつなぎ、この世界にやってきました。
もちろん記憶はありません。
でも、「誰かの想いが、自分をこの世に留めてくれた」という感覚は、今も私の中に根付いています。

もしかしたら私の支援の原点は、この“言葉にならない想い”に支えられたという体験にあるのかもしれません。
そして、そんなふうに誰かの背中に手を添えられる人でいたい。
そんな実感を、私は生きる中でずっと育ててきたように思います。

ちょっと風変わりな子ども時代

鍵っ子だった小学生の私は、毎日ランドセルを放り投げてザリガニ釣りに夢中になったり、拾った自転車を自分で直して乗り回したり。
中学ではソフト部先輩の豪速球を遠慮なく打ち返し、まったく空気は読まず。
高校では男子だけの空手部に女子部を立ち上げちゃうような、結構マイペースで風変わりな子でした。

でも、なぜか周りの人には恵まれて、ずっと見守られてきたような気がします。
その「見守られる経験」が、今の私の支援のあり方にもつながっているのかもしれません。

支援の現場に入るまで

母が保育士だったこともあり、私も人に関わる道を目指して保育の勉強をしていました。
でも、実習でいきなりの壁にぶつかります。

「宿題を忘れた子は外遊び禁止」という対応に納得できず、「保育の現場で、これはおかしい」と真っ向から意見。
「そんなのは建前なんです!」と怒られ、評価はD判定。
そのとき心の中で叫んでいたのは、「建前と子どもの心、どっちが大事なんだ!」

しかし、今思うのは、どちらが正しいか?ではなかったんだなという気持ちです。
あの勢いを受け止め、支えてくれていた当時の担当教諭には、今は感謝しかありません。
一緒に実習先にも謝りに行ってくれたのは、私の深い、深い思い出です。

世界を旅して、気づいたこと

就職氷河期で児童養護施設の採用は叶わず、私はバックパックを背負って世界を旅しました。

英語が苦手な私。
言葉も文化もなかなか通じないなかでも、人に助けられた日々でした。

そこで出会った女性ドイツ人の言葉。
「人生は支えられながら楽しまなくちゃ。」

彼女は大手の銀行に勤めていて、ロングバケーションで2ヶ月の旅するバックバッカー。
この休みが終われば、次の人のバケーションに協力すると彼女は話していました。
”英語の苦手な私”と”英語の苦手な彼女”を、お互いの辞書が繋げてくれた夜のことを今でも鮮明に思い出します。

そんな出会いがたくさんある中で、「正しさって、ひとつじゃないんだ」と、体や心の奥底から実感できた旅でもありました。

そして帰国後、ふと目にした「ガラス工芸」の文字から始まったのが障害者支援でした。

障害福祉と、育てられた20年

偶然の出会い、そして面接の時の利用者さんからの「おはようございます!」の一言にも心を動かされて飛び込んだのは障害福祉の世界。
気がつけば、デイケア、作業所、グループホーム、相談支援まで、20年間どっぷりと関わってきました。

でも、いつだって順風満帆だったわけじゃありません。
今振り返ると、当時の支援のなかには、暴力的な言動や、構造的なブラックさもありました。
私はそれに気づくまでに、ずいぶん時間がかかったと思います。

そこから抜け出せたのは、支援していたつもりが、いつの間にか、支えられていたのは私の方だったなと気づいた時でした。

言葉にできない想いや、怒りや混乱の奥にある背景、表情の向こう側にある小さなSOS。
それらを抱えながらも一生懸命、私と向き合ってくれる姿が私を支えてくれていたんです。
そこに気づくまでには、正直、たくさん迷って、立ち止まって、時に疲れきったこともあります。
支援者としての自分がぐらついた時期も、何度もありました。

でも、そのたびに思い出すのは、ただ黙って(あ、黙ってない人もいたねw)、そのままの私の隣にいてくれた利用者さんたちの存在です。

「急がなくていいよ」
「わからなくても、ここにいてくれたらそれでいいよ」

そんなメッセージを、私は皆んなから何度も受け取ってきました。
そこに在るという存在そのものが、人を支えることなんだと教わりました。

気づけば私の方が、たくさん育ててもらっていたんです。

津久井やまゆり園の事件と、心理を学び直した理由

2016年、津久井やまゆり園の事件は、私の心を激しく揺さぶりました。
「生産性のない障害者なんていなくなればいい」というあまりに暴力的な思想に触れ、「自分の中にも、知らず知らず排除する感覚がなかったか」と深く問い直さずにはいられませんでした。

正しさを語ることは、時に誰かを置いてきぼりにしてしまう。
善意の支援が、誰かの居場所を狭めてしまうこともある。
それらを見て見ぬふりせずにいたくて、私は心理の学び直しを始めました。

コロナ禍で勤務していた喫茶店が閉店するタイミングで退職し、図書館に通いながら本を片っ端から読み、自分の経験と照らし合わせながら、心と向き合う日々を過ごしました。

その後、国家資格になったばかりの公認心理師の資格を取得します。

オープンダイアローグ、ナラティヴ、未来解決志向ブリーフセラピー、そして社会モデルなど。
さまざまなアプローチに触れる中で、私自身が大切にしてきた、支援する・されるを超え、一緒に戸惑い、問いながら進む支援に確信を持てるようになりました。

2025年には認定専門公認心理師の資格も取得し、登録番号はスリーセブン(00777)。
…これはちょっと嬉しいご縁かな。

今、しんどさを抱えているあなたへ

もしかしたら今、
「うまく言葉にできないけど苦しい」
「誰にも話せずに抱えている」
そんな状態の方もいるかもしれません。

私は、支援の現場でたくさんの「言葉にならない思い」と出会ってきました。
話すことが難しいときもあるし、うまく言えないまま沈黙になることもある。
でも、それって全然おかしいことじゃないし、そういう時間が必要なときもあります。

無理に話さなくても大丈夫。
沈黙も、涙も、うまく整えられない気持ちも、すべて歓迎です。
ここは、“がんばらなくていい場所”であってほしいと思っています。

無理に元気にならなくてもいいし、言葉が出てこない自分を責める必要もありません。
一緒に整理したり、立ち止まったりしながら、ちょっとずつ進んでいく。
そんな関わりができたらと思っています。

それでも、団子は焼いてい

実店舗はありませんが、イベントのときには気まぐれにお団子屋で出店もしています。
とある地域では街角で「お団子屋さん」と呼び掛けられているくらいです。
私にとってのお団子は、対話のきっかけとしてこれからも大事にしていきたいと思っています。

心理支援も、団子も同じ。
焦らずじっくり火を通して、焦がさず、少し香ばしく。
そんなふうに、心のペースに寄り添いながら進んでいきたいと思っています。

最後に

準備ができていなくてもいいんです。
何かを変えなきゃいけないなんてありません。

この人なら、少し話してみてもいいかも」
そう思ってもらえたなら、そのときが“始まりのタイミング”です。

イベントでお団子を食べにきてもいいし、ここで声をかけてくれてもいい。
私はいつでもここでお待ちしています。

皆さんのお話を聞かせてください。

もちろん、ただお団子を食べたい!だけでも会いにきてくださいね。

マジで美味いんだから〜 ^^/

保有資格など

  • 保育士
  • 公認心理師(認定専門公認心理師)
  • 知的障害者行動支援従事者
  • 16mm映写機技術資格(古い映画も見れちゃう!)
  • 普通自動車運転免許
  • 埼玉の有名団子屋で修行した団子屋(資格ってのはないけど…)

いつ出店するんですか?という問い合わせも大歓迎です!